30年の歴史を彩ったアリスの美少女-スペシャルインタビュー/小室由里

小室友里

1975年7月28日生まれ。神奈川県出身。血液型/O 特技/郷土雜子、獅子舞、バドミントン 趣味/ダンス、パワースポット巡リ 1995年19歳でグラビアデビュー、1996年から1999年までAV女優として活躍。引退後は、ライターやボーカリスト、女優など多方面で活躍。豊富な知識と経験をいかし性生活相談員(セクシャルアドバザー)としての活動も本格的に開始。

デビユー当時はお嬢様キャラが重荷だった?

―池袋でスカウトされたことが、AV女優•小室友里の始まりなんですよね。

「そうです。専門学校に通っていて、エキストラの事務所に1年いたけど仕事がなくて、どうしようかと思っていた矢先でした。”AVに出られることはすごいことなんだよ”と口説かれて、やってみようと思ったんです」

―h.m.p専属デビユーからあっという間にスター女優になりました。

「本人はもちろんメーカー側も驚いてました(笑)。売りはお嬢様だけど、喋るとこんなぶっちゃけキャラだから、当時サイン会はいっさいやらなかったんです。ィメージとかけ離れてるのがバレるとまずいって、メーカーと事務所が結託して」

―AV雑誌のインタビューにもしばらく登場しなかったのもそれが理由?

「そうなんです(笑)」

―デビューして、周りの環境は変わった?

「変わったのは友達付き合い。みんなフェィドアウトするように離れていきました。私もAVやっている負い目があったので、こっちから連絡を取りづらくなった。大手を振ってできる仕事ではなかったですね、当時」

―日々が急変して、自分を見失いかけたりは?

「自分がどういう存在なのか最初の頃はわかってなかったんです。彼氏と過ごしてて”どこからが小室友里でどこまでがブライべートの本名のお前?”みたいに言われたけど、私自身オンもオフも意識しているわけじやなかったので」

女優同士ラィバル意識が強かった昔と大違い!

—h.m.Pは3本契約で始まったんですよね。

「それが4本に延びて、結局まる2年で24本に出させていただきました」

―そしてフリーになって、すぐ、人気シリーズ『女尻』でアリスJAPANに登場。初の他社出演は、どんな気持ちでした?

「アリスJAPANに出られるっていうことは、”あっ私まだイケてる”ってイメージでしたね」

―自分の人気はチェックしてました?

「してました。ダテ眼鏡かけて変装してビデオショップに行って、自分の作品の順位を見てましたね」

—あらためて現役時代を振り返ると、どういう日々だったのでしょう。

「大人の神輿に担がれていたなぁと思うんですよ。私は楽しいものだけを高い場所から見ていられたし、汚い部分や嫌なことは大人たちが処理してくれていたんです」

—引退を決めた理由は?

「1998年の終わりに、”この先ハードなメニューを解禁しないと仕事がないよ”と事務所から言われて、やりたくないことをやってまでとどまる世界じゃないから辞めようと決めたんです」

―最近の若いAV女優を見てて思うことはありますか?

「女の子同士が友達になってて羨ましいなと思います。ツイッターで交流したり、イベントで一緒になったりして。私は同じくらい人気ある人をライバル視してたので交流はなかったし、会っても何を喋っていいかわかんなかったんです」

―今は女優さん同士、「本番の何分前に水を何リットル飲んだら潮を吹きやすいよ」とか教え合ってますよね。

「へえ、そっかー。そういう手の内は見せなかったですもん、当時は」

―今後、どういう立場でAV業界と関わろうと思っています?

「ご意見番的なところにポジショニングできたらいいなと思います」

―最近のトレンドのひとつ、熟女AVでの復活はあり得る?

「(笑)私はあり得ません。何度も聞かれてますけど。再びAV女優を始めたら、あの当時の思い出がつまらないものになっちゃう気がするんですよ」

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